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Photo by Nobuyuki Nakajima

ジェーン・バーキンさんが亡くなられてまもなく2ヶ月が経とうとしています。その大きな存在の喪失感は薄まるどころか、日が経つにつれわたしたちの心の中に色濃く刻まれています。今回、ジェーンさんと深い親交関係にあった数少ない日本人の一人である中島ノブユキさんが、『ジェーンとシャルロット』公式サイトのために特別にジェーンさんとのエピソードをご寄稿いただけることになりました。晩年のジェーンさんの音楽活動を支えてきた中島さんの、貴重な“ラブレター”とも言える素敵な文章、全文です。 2023.9.7

ジェーンへの手紙

特別寄稿: 中島ノブユキからのラブレター

Jane,

 

今日は曇り空だ。

こんな日はブルターニュの別荘で過ごした夏の日々のことを思い出してしまう。リンダ(妹)といるから遊びにいらっしゃいよ、そんなふうに誘われて僕たち夫婦は電車に乗ってパリを出発したんだ。昼過ぎに着くと早速家の中を案内してくれたね。数階建ての屋敷と言えば屋敷なんだけどなんだか不思議なキュートさがあって、決してボロくはないのだけど掃除が行き届いているとはいえない雑然とした空気が充満していて、サンルームにはもう主人の居ない蜘蛛の巣がいくつもあって、開けっぱなしのドアから吹き込んだ枯れ葉や雑草が部屋の中に散らばっていた。リビングに適当に積み上げられたお皿、ほこりまみれの棚に並ぶ手作り人形やぬいぐるみ(きっと娘達のために作ったのかな?もしかしたら娘達が作ったのか...)。別荘だけではなくパリの家だってそうだった。山のように積み上げられた本やCDや画集や、あるいは整理されていないメモ書きに埋め尽くされていた。あなたの自由なそして時には過激とも言えるほどに暴走してしまう着想と発想。それらはあなたの日常の中にすでに存在していたんだね。別荘すぐ近くの牡蠣の養殖場で食事したときの話、きっとまだ憶えているでしょう。もう食べないんだと思ってあなたの食べ残しのクイニーアマンをパクッと頬張ったら「Oh Non !! それ食べたかったのに!」といつまでも怒っていたけれど、あれは本当にすまなかった。ごめん。クイニーアマン好きだったもんね!曇りの日はブルターニュで過ごした日々を思い出してしまう。

今日は夏の嵐。

こんな日は音楽フェスをまわった日々のことを思い出してしまう。夏の音楽フェスと言えば野外コンサート。なんでいつも野外と言えば土砂降りなの?究極の雨女と呼びたいよ。でも不思議と記憶に残る公演が多い。あのレユニオン島でのコンサート日の事を覚えているでしょう。アフリカ大陸の横のマダガスカル島のその横のモーリシャス島のそのまた横に位

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Photo by Nobuyuki Nakajima

置する小さな島。その時のコンサートは奇跡的な時間だった。雨天中止寸前だったのを強行して行われたコンサート。もう日も暮れたあの土砂降りの雨の中、全く帰ろうとしない満員のお客さんとラ・ジャヴァネーズの大合唱。僕もピアノを弾きながら心でうれし泣きだ。あなたの声も少し潤んでいたように思ったけど...。あの美しい時間は忘れることが出来ない。

今日はシトシト雨。

こんな日はあなたのお墓参りをした朝のことを思い出してしまう。その前日(2023年7月24日)はサンロック教会で執り行われたあなたの葬儀だった。その後の火葬にも声をかけてもらったので夫婦そろって参列させてもらった。火葬場には30人ほど。家族はもちろんだけど、後は本当の親しい友人のみの親密な空気だった。埋葬にも、と声をかけてもらったけどそれは辞退したよ。そこは本当にあなたと「人生を」ともに過ごした人たちだけの時間だと考えたから。次の日シトシトと雨のそぼ降る中お墓を訪ねたよ。早い時間だったからかまだ人はいなかった。混乱を避けるためかその時はまだ墓石に名前は入っていなかったけど、どこにあなたがいるのかはすぐにわかった。信じられないほど多くのまだ生き生きとした花々であなたは囲まれていたから。持って行った花を手向けようとしたまさにその瞬間、突然僕らの頭上の木だけがゴーッと音を立てて揺れ出したんだけど、あれはジェーン、あなたが揺らしたのかな?頭上の大木にとどまっていた雨水が降り注ぎ、おかげで僕たち夫婦はずぶ濡れだ。あなたの「うふふ、してやったり」というお茶目な笑顔が思い出されるよ。意地悪とは違う不思議なアイロニーがいつもあなたの心の中にあって、それが時折見え隠れするのが僕は好きだった。

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Photo by Nobuyuki Nakajima

今日は珍しく晴天だ。

今年の夏、パリはカラッと晴れ渡る日が少なかったよ。夏の太陽と言えばいろいろ思い出す。どこの街の公演だったろう、確かスイスかな?レマン湖が見えた記憶がある。僕がリハーサル会場に行くために車に乗って走っていてふとカフェに目をやるとあなたがマネジャー達と気持ちよさそうに日を浴びて笑っているのが見えた。ジェーン、あなたはリハーサルに向かうまでにはまだ時間があるとはいえ、あのリラックスのし具合はただ事では無かったなぁ。C'est JANE...。あるときは(カナダ公演だったかな?)珍しく快晴の野外夏フェス。リハーサル中珍しく早めに来てやることが無いからって、麦わら帽かぶってオーケストラ脇にちょこんと座って読書している風景は忘れられない。外の世界にとらわれずに自分の世界をパッと構築してしまう。あなたの周りにはいつも不思議な時間の流れ方があったよね。僕らがいつも話していたのは「ジェーンの周りは時空が歪んでいる」って話。みんなあなたの生み出すその時空に翻弄されて影響されて人生を動かされて、そして笑顔になった。

 

今、そこには日が差しているの?「Fuir le bonheur de peur qu'il ne se sauve(虹の彼方)」というセルジュがあなたのために書いた曲。虹の彼方にはさらにその先に光り輝く太陽があると歌われているね。あなたの今いるところに光が降り注いでいますように...。

 

Baisers,

Nobu

Cannes 2021
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中島ノブユキ

作曲家。大河ドラマ「八重の桜」、映画「人間失格」「悼む人」。ジェーン・バーキン 世界ツアー「Via Japan」「Gainsbourg / Le Symphonique」音楽監督。シャルル・アズナブール 生誕百年を記念するオーケストラ作品「AZNAVOUR 100 ANS」を2024年ニースで初演後、世界ツアーが予定されている。ソロアルバム『エテパルマ』『メランコリア』『散りゆく花』等。

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